最後だなんて言わないで

ずっとそこにいるものだと思っていた。

冷静に考えればそんな訳はなくて、彼らは私の親より歳上なのだからいつか別れは訪れる。でも彼らは永遠を見せるのが得意すぎた。私は、彼らが永遠にそこにいると思いすぎていた。

君(若者を推している友人)たちは引退が怖いかもしれないが私は推しの健康状態が怖いのだよと言っていたけど、それは腰をやるとか脚を折るとかそういう話であって、こんなに急にどこかへ行ってしまうという話はしていない。

脳幹出血。聞き覚えはある。脳神経外科の時に勉強したんだと思う。

脳出血というのは得てして予後が悪いが、生命維持の根幹である脳幹での出血は特に予後が悪い。脳幹は中脳・橋・延髄に分かれており、出血部位によって症状は少しずつ異なるものの致死率が高いというのは共通の事実である。聞こえてくる症状から神経系で急性の病気を疑ったが本当にそうだったらしい。そんなもん当てたくもなんともないわいな。割れんばかりの頭痛を押してステージへ上がったのだろう。なんでやねん。休んでくれや。

 

今井担の私でも櫻井敦司という人間の美しさはよく知っている。友人に見せて満場一致で「かっこいい」を得たのは櫻井さんだけである。太もも出しても様になるおじさんを初めて見た(ラスロクはその後)。見た目だけじゃない、声も心も、私が窺い知る限りは、うつくしいひとだった。

自分がもう十分すぎるくらい傷を負っているのに、もっと苦しい人がいるから、としきりに口にする。ステージでは言葉少なに、ありがとう、と必ず微笑って言ってくれて。 冗談めかしてメンバーをイジって、ニコニコするけど、でも傷つけるようなことは絶対言わなくて。花と猫と音楽が好きな、優しすぎるくらい優しくて、有り体に言えば繊細な、ひと。ゆっくりと語る時の、その無音すら心地よく聞かせる、一ファンから見た櫻井さんはそういうひとだった。立ち姿も、顔も声も、遠くから見ても、近くで映像で見ても、時に繊細に、時に妖艶に、変幻自在でもうつくしいことだけは変わらないひとだった。だった?いや、未だに、私の中では、いくつかの映像媒体の櫻井さんが語っている。歌っている。

19日の最後は絶界だったそうだ。絶界の歌詞、ひとつも間違わなかったそうだ。目眩が酷かっただろう、頭も痛かっただろう、息も苦しかっただろう。でも歌ったんだそうだ、最後まで。そうしてステージから去った。あなたはずっとステージに咲くひとだった。

明日の朝、私は夢じゃなかったことを確認して泣くだろうなと思う。これが夢じゃないんだとするなら。悪い夢なら覚めてほしい。明日の朝起きて、名古屋やりますよ、というメールが入っていて、ゆうたさんのブログが再開していたら、もしかしたら、もしかしたら。そんなはず、たぶんないのに。

7月の有明、異空ファイナル、あれが私の最後の公演になるなんて、そんなこと、思うわけない。絶対にまた会いに行くねって、そう思っていた。

 

でもパレードは続く。

パレードは、続くんだ。

私は今井さんのファンだから、今井さんが大丈夫、と言ってくれたら、大丈夫なんだろうと思う。我々にとってはちっとも大丈夫じゃないけど、彼らの中では大丈夫なんだろう。私は信じることにする。

 

櫻井さん。

櫻井敦司さん。

あなたはどこまでもうつくしいひとでした。

私はあなたに出会えてしあわせでした。

あなたが幸せでいてくれたことを祈ります。

今はまだ泣いてしまうから、気持ちがもっと落ち着いたら、たくさんありがとうと言わせてください。